STAFF BLOG


竹島 Blog 11/創造の自由

 

NHK「旅するフランス語」シリーズが好きでよく見るのですが、先日第16(731())の録を見ていて、旅人である常盤貴子さんがパリのオペラ・バスティーユL'Opéra de la Bastille)を訪問する回がありました。

 

 このオペラ座は私も過去に一度だけ公演を見に行ったことがあるのですが、2700席以上もある近代的で広大な施設です。パリの街の象徴であるオペラ・ガルニエはいまだ美しく存在し続けておりますが、1989年以降このバスティーユにオペラ公演は移行し、ガルニエでの公演は一時幕を閉じました。施設が古くなったために音響設備が追い付かないようで現在はバレエやオーケストラを中心に公演しているとのことですが、今でもオペラ公演があるという情報もあるのでこれについては定かではありません。

 

 さてこの回では、オペラ座の舞台についてではなく、裏方の製作サイドのことが紹介されていました。施設全体の中でオペラの舞台の大きさなど殆ど目立つ物ではなく、この施設のほとんどがセットを造るスタジオや工房なんですね。この中で今回特に注目されたのは、衣装工房。20名以上のスタッフの方々が働いていて、一年以上も先の舞台衣装を作っているとのことでした。工房内には衣装が所狭しと並んでおり、舞台1作品につき、数百着の衣装が製作されるようです。スタッフの机の上にはデザイン画があり、誰が着用する、ということも記されていました。キャストの体のサイズを測った上でそれに合わせて正確に役のイメージを作り上げていくのでしょうね。

 

 工房の中で若い女性スタッフがチュニックに合わせるベルトの飾りつけをしていました。ゴールドの布地に刺繍のようなことをしていたようです。

そこで常盤貴子さんがそのスタッフに「デザインはあらかじめ、決まっているの?それともあなたのオリジナルでやっているの?」という質問をしました。彼女は「何をするかは決まっていて、見本もある。」と答えました。しかしそこで「作り手のセンスを盛り込む“創作の自由”もある。」と付け加えました。

 

 私はこの何気ない一言にうわ~っと嬉しくなりました。なぜこの工房の人々は仕事に熱中して生き生きと働いているのか、と思って見ておりましたが、確かに生産ラインは役割分担されていて、デザイナーが一番強いのでしょうけど、製作スタッフにも自分の創造性を入れる余地が残されている、つまり工夫の自由が許されている、という点がこの工房が上手く回っている理由なんだな、と気づいてしまったんですね。

 

 他人が決めたデザインを単に起こすだけの縫製など、きっと細かいだけの単純労働になってしまうのでしょうけど、そこに自分の工夫をプラスする自由が許されている、という点が素晴らしいと感じてしまいました。仕事をする人間に、個人のオリジナル性発揮の場を作ってあげることは労働意欲を掻き立てる上で重要だと常々感じておりましたが、それがこの工房内で垣間見えたように感じて、このたった一言に地味に感動してしまったんですね。

 

 私が当院の運営の中で一番感謝すべきだと感じるのは、施術においても、その他の業務においてもこの「創造の自由」を認めてくれることです。経営者の山田先生、院長朝倉先生はうるさいことを言わず、静観の立場を取られます。規則で縛らず、仕事に工夫の自由を与えてくれることは個人としてのやる気がどこまでも引き出されてきますね。公務員時代ももちろん業務を工夫することは許されていましたが組織の規模が大きかったために規則に雁字搦めで自由など殆どなく、そういう意味では現在の方が考えたことが形になりやすく動きやすいですね。

 

従って私の頭の中は、院と患者様のために次は何をしようか、というプラス思考が次々沸いてくるので、皆さんにとって良い道は何なのかを常に考えていることになります。

 たとえ結果がマイナスになっても、無駄とは考えません。マイナスになる、という結果を得られたことも次のステップに移るための大事な要素だからです。一番よくないのは、結果を得ようとする努力をせず、放置すること、他人を批判することですね。

 

 いろいろ困難な面はありますが、物事をプラスに転化していくために、創っていく自由が与えられていることに深く感謝して、今後も工夫し続ける精神を忘れずやっていきたいと思います。

 

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

 

文:竹島

 

 

 

9月の予定のおしらせ

《祝日営業日のお知らせ》

18日(敬老の日)・・・休業

23日(秋分の日)・・・営業

 

《臨時休業/出勤のお知らせ》

・朝倉院長臨時休業はありません。

・朝倉院長臨時出勤は、 9月11日(月)、25日(月)となります。

 

《変則営業時間のお知らせ》 

予定はございません。

  

皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承の程宜しくお願い申し上げます。 

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

9月の予定のおしらせ

《祝日営業日のお知らせ》

18日(敬老の日)・・・休業

23日(秋分の日)・・・営業

 

《臨時休業/出勤のお知らせ》

・朝倉院長臨時休業はありません。

・朝倉院長臨時出勤は、 9月11日(月)、25日(月)となります。

 

《変則営業時間のお知らせ》 

予定はございません。

  

皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承の程宜しくお願い申し上げます。 

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

竹島 Blog 11/創造の自由

 

NHK「旅するフランス語」シリーズが好きでよく見るのですが、先日第16(731())の録を見ていて、旅人である常盤貴子さんがパリのオペラ・バスティーユL'Opéra de la Bastille)を訪問する回がありました。

 

 このオペラ座は私も過去に一度だけ公演を見に行ったことがあるのですが、2700席以上もある近代的で広大な施設です。パリの街の象徴であるオペラ・ガルニエはいまだ美しく存在し続けておりますが、1989年以降このバスティーユにオペラ公演は移行し、ガルニエでの公演は一時幕を閉じました。施設が古くなったために音響設備が追い付かないようで現在はバレエやオーケストラを中心に公演しているとのことですが、今でもオペラ公演があるという情報もあるのでこれについては定かではありません。

 

 さてこの回では、オペラ座の舞台についてではなく、裏方の製作サイドのことが紹介されていました。施設全体の中でオペラの舞台の大きさなど殆ど目立つ物ではなく、この施設のほとんどがセットを造るスタジオや工房なんですね。この中で今回特に注目されたのは、衣装工房。20名以上のスタッフの方々が働いていて、一年以上も先の舞台衣装を作っているとのことでした。工房内には衣装が所狭しと並んでおり、舞台1作品につき、数百着の衣装が製作されるようです。スタッフの机の上にはデザイン画があり、誰が着用する、ということも記されていました。キャストの体のサイズを測った上でそれに合わせて正確に役のイメージを作り上げていくのでしょうね。

 

 工房の中で若い女性スタッフがチュニックに合わせるベルトの飾りつけをしていました。ゴールドの布地に刺繍のようなことをしていたようです。

そこで常盤貴子さんがそのスタッフに「デザインはあらかじめ、決まっているの?それともあなたのオリジナルでやっているの?」という質問をしました。彼女は「何をするかは決まっていて、見本もある。」と答えました。しかしそこで「作り手のセンスを盛り込む“創作の自由”もある。」と付け加えました。

 

 私はこの何気ない一言にうわ~っと嬉しくなりました。なぜこの工房の人々は仕事に熱中して生き生きと働いているのか、と思って見ておりましたが、確かに生産ラインは役割分担されていて、デザイナーが一番強いのでしょうけど、製作スタッフにも自分の創造性を入れる余地が残されている、つまり工夫の自由が許されている、という点がこの工房が上手く回っている理由なんだな、と気づいてしまったんですね。

 

 他人が決めたデザインを単に起こすだけの縫製など、きっと細かいだけの単純労働になってしまうのでしょうけど、そこに自分の工夫をプラスする自由が許されている、という点が素晴らしいと感じてしまいました。仕事をする人間に、個人のオリジナル性発揮の場を作ってあげることは労働意欲を掻き立てる上で重要だと常々感じておりましたが、それがこの工房内で垣間見えたように感じて、このたった一言に地味に感動してしまったんですね。

 

 私が当院の運営の中で一番感謝すべきだと感じるのは、施術においても、その他の業務においてもこの「創造の自由」を認めてくれることです。経営者の山田先生、院長朝倉先生はうるさいことを言わず、静観の立場を取られます。規則で縛らず、仕事に工夫の自由を与えてくれることは個人としてのやる気がどこまでも引き出されてきますね。公務員時代ももちろん業務を工夫することは許されていましたが組織の規模が大きかったために規則に雁字搦めで自由など殆どなく、そういう意味では現在の方が考えたことが形になりやすく動きやすいですね。

 

従って私の頭の中は、院と患者様のために次は何をしようか、というプラス思考が次々沸いてくるので、皆さんにとって良い道は何なのかを常に考えていることになります。

 たとえ結果がマイナスになっても、無駄とは考えません。マイナスになる、という結果を得られたことも次のステップに移るための大事な要素だからです。一番よくないのは、結果を得ようとする努力をせず、放置すること、他人を批判することですね。

 

 いろいろ困難な面はありますが、物事をプラスに転化していくために、創っていく自由が与えられていることに深く感謝して、今後も工夫し続ける精神を忘れずやっていきたいと思います。

 

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

 

文:竹島

 

 

 

HPリニューアル&お得な回数券

この度、ホームページをリニューアルいたしました。

 

2つあってややこしかったページも統合され、今後はこのHPをメインに運営してまいります。

 

まだまだ、追加や修正箇所がありますが、症例報告やスタッフブログも含めて充実させていこうと思いますのでよろしくお願いいたします。

 

 

そして、HPリニューアルを記念して!!

 

回数券がお求めやすくなりました!!

 

これまで、回数券の目的は集中ケアの方を対象に初見からしばらくの間はつめて通って頂きやすいようにという意味合いで5回券が3ヶ月、11回券が6ヶ月という期間でした。

 

しかし、この期間内だとメンテナンスケアで月に一回ご来院いただいている患者様にはご利用になれませんでした。そこで、8月1日より有効期限を延長したします。これにより月一回のメンテナンスの患者様で回数券をご利用いただけます。

 

5回券を現行3ヶ月 → 5カ月

11回券を現行6ヶ月 → 11カ月

 

是非この機会に回数券の導入をご検討くださいませ。

毎回のお支払もなく、とっても便利にご利用いただけます。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

 

院長予約の状況のお知らせ

※院長(朝倉)予約状況について

現在、2~3週先までの予約がお取りしづらい状況となっております。新規のご予約ご希望の方は余裕をもってご計画下さい。継続中の方は、可能な限り次回の予約可能な日程を事前にお決めになられてからご来院頂き、次回予約をお会計時にお取りください。

 

また、ご紹介者または紹介状持参方を除いて、初見で院長予約をご希望の方は、現在予約の受付をしておりません。大変申し訳ございませんが、ご理解よろしくお願いいたします。

8月の予定のおしらせ

 

《8月の祝日営業日のお知らせ》

8月11日~16日まで夏季臨時休業とさせていただきます。

 

《臨時休業/出勤のお知らせ》

・朝倉院長臨時休業は、 8月3日(木)となります。

・朝倉院長臨時出勤は、 8月7日(月)、21日(月)、28日(月)となります。

 

《変則営業時間のお知らせ》 

予定はございません。

  

皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承の程宜しくお願い申し上げます。 

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

竹島 Blog 10/七夕の願いを叶えるには

 

先日、日中に空き時間ができたので院長と近所にある三崎稲荷神社に参拝に行きました。
三崎稲荷神社は水道橋駅東口徒歩1分くらいにある神社ですが、800年以上も歴史がある由緒正しい神社です。

説明によると、三代将軍家光が参勤交代の制度を定めた際に、自ら参拝し、諸大名にも参拝を促したとのことで、その後諸大名は参勤交代の江戸入りの際に必ずこの神社に参拝して心身を祓い清めるようになり、これが慣例化したとして「清めの稲荷」と称されるようになったようです。
何度か遷座して、現在の位置に移ったようですが、とても綺麗に維持されていて、地元の方に愛されている感じがします。

さて、参拝が終わって帰る際にふと境内にある笹に短冊がたくさん吊るしてあることに気が付きました。そういえば、そろそろ七夕だったな、と思い、自分が最後にお願いごとをしたのは何十年前だったかな、などと考えたりしていました。 ・・そのうち、皆様はいったいどんなお願いごとをするのかだんだん気になってきたので、ちょっとだけ失礼して皆さんのお願いごとを見てしまったんですね(ごめんなさい。)

 

ざっと見た中で、お願い事を大別すると2つ。

1 対象者などおらず周りの皆の健康を願うなど、多くの人々に幸せがもたらされますように、という全体に向けたタイプの願いと
2 この試験や学校に合格したい、嫌な人から逃れたい、恋愛成就で好きな人と付き合えますように、などいった個人的なタイプの願い、の2つがあったように思います。

後者の方は、その願うお気持ちは十分に理解できるのですが、その願い方が自己中心的ではないかの確認はした方がいいと思います。つまり何が言いたいかというと、同じ願い事をするにも、願い方によって叶うか叶わないかの割合は変わってくるだろう、ということですね。

どういう意味かと言うと、例えば「この試験に合格させてください。」は自己都合だと感じます。他にも同じ試験を受ける人が大量にいて、皆が同じことを願うことは十分に考えられますし、その中で合格者の枠が決まっていれば、勝利の神様ははたしてどう判断するでしょうか。

祈り方にコツがあるというのも変ですが、単純にこうなってほしい、という自己中心的な願望ではなく、「この試験に合格することで世の中にこんなふうに貢献していける人間になりたい。だから合格させてください。」またはもっと広く構えて「自分は精一杯努力しました。自分の人生に一番意味のある結果にしてください。」と、人生の本質に添った願い方をしないと神様は聞き入れてくれないだろうと思います。そして願いには努力が必要ですから、本当に願うならそれに向けた努力をしていることが前提でしょう。

 

また、前者のような不特定多数の人を対象とした願いも大いによいとは思いますが、願いには持続力と具体性が大切です。

例えば「世界平和」を願ったとしましょう。これ自体は素晴らしい願いですが、ではあなたは果たして普段から世界平和について考えてそれを願っているか、そのための努力をしているか、という点がポイントになります。さらに願いには具体性が重要です。どんな方面から平和にしたいのか、自分レベルに落とした場合、何をやっていけるのか、まで考えないと漠然とした願いでは叶わず、単に「いいこと願った」という自己満足に終わってしまうでしょう。

以上、僭越ながら。(皆様が気軽に行事を楽しみたいだけというのは重々承知しております。)

しかし、願いや祈りの正しい考え方を覚えれば、もしも短冊に書く言葉は同じでも、心根は正しい方を向いている分、もっと願いに正当性が生まれると思うんですね。

あり得ない話ではありますが、皆様が神様になったとして、では逆に神様はどういう人々の願いを叶えてあげたいと思うかという視点が大切だと思います。

非常に僭越ながら、願いを叶えるためには心の方向性、具体性、努力が大切かな、くらいに受け止めていただけると幸いです。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 9/優れた店員に学ぶ提案力

たまに街など歩いて買い物をする時に、「この店員さんはすごいな。」と思う人に会うことがあります。数年に一度の割合です。

私は買い物をする際に、販売員の接客技術をみてしまいます。接客技術が買うか買わないかの判断のパーセンテージとしては高いですね。つまり物が良くても対応が悪いと買わない。物がいいのか判断がつかない時は販売員の人柄や接客技術を見て、合格点なら買い物をしたりします。

つまり販売員が「自社の商品に誇りをもち、お客様のためを思った最大限の提案をしているか」を見ていることになります。

どんなよい商品も営業する人がいないと消費者には届かないものです。それをわかっている販売員は多く、商品をどんどん提案をしてくれるのはありがたいですが、多くの販売員は自分の「買ってほしい」気持ちで売っているように思います。

もちろん販売ノルマなどはあるのだろうし、諸事情はわからなくはないですが、ただ、単なる「買ってほしい」気持ちは販売員側の都合に過ぎない、と思います。ただし、ここがポイントでお客様のためになる商品をよく考えた上で商品提案できた場合には、買って欲しい気持ち全開なのが正解なのです。 

ここは気持ちの部分なので、側から見れば見分けは難しく、究極のところ本人にしかわからないのですが、商品提案の原点は「自分のためでなく、相手の幸せを願って提案できたか。」だと感じます。そして消費者も無意識に販売員の気持ちを見抜いているものです。

 

ですので、販売成績を上げたければ、まずはこの気持ちの部分を確認することが必要だと考えます。自分はどっち側に立って物を売っているのか。自分のために売っているのか。相手にとっていいものを勧めているのか、はまったく別物です。
また、自分の販売している商品に自信が持てないなら、または自社商品を愛していないなら、きっとその先は厳しいだろうなと思います。自分がいいと思わないものを他人に勧めることになるからです。やはり自分の信頼できるブランドで働く方がいいと思います。


さて、先日会った男性の若い店員さんには提案力について学ぶことが多いです。

以前から何回か彼のお世話になっていますが、彼は素晴らしいと感じていたので、買い物の度に彼の接客術を褒めていました。私は優れた人をすぐ褒める癖があります。誰に対してもそうですが、感動した時に相手にすぐ言うようにしています(笑) 

以前に春色のパンツの試着した際の話です。
彼は同タイプのサイズ違いの2点を控えとして試着室の傍に用意したばかりでなく、同色で素材違いの物も3サイズ用意し、さらに同色で型違いのワイドパンツまで用意して、私の試着が終わるのを待っていたのです。通常は同タイプ、サイズ違いの2点しか用意しません。彼は頼まれてもないのに、お客が欲しそうで、お客が選択時に悩むであろう候補を予想して先回りして用意していたんですね。これには驚きました。きっと一般の店員ならやり過ぎを恐れてできないでしょう。

 

また先日はブラウス1点を買って帰ろうとしている私をやんわり引き止めて、カウンターで売っている時計について「お勧め」を始めました。あまりに爽やかに始まり、心から商品を愛した説明をしてくれるので聞く気はなかったはずなのに、聞いてしまうんですね。 

始め私は「時計とは思い入れがあるものだし、高いものだからかなり探して探して気に入った物が見つかった時に稀に買い物するので、買えないよ。」と言ってましたが、彼の提案はまた違った角度からでした。「こちらに並んでいる商品は、1~3万円台で日常で付け替えを楽しむために買われる方が多いです。男女ユニセックスなものもあるし、男女がペアで買って幾つかの中でも楽しめます。前にお買い物をされた時も腕時計されていませんでしたよね?今日もされていませんが、お客様にあの時提案すべきだったな、と思っていたんです。」

販売トークとはいえ、前に私が腕時計をしていないことを知っているということはその時から次の商品提案を考えていたんだな、とわかります。比較的低価格帯の時計なので、洋服とのセットアップで売るやり方なんだとは思いますが、普段からトータルコーディネートを意識している人間でないとできない提案だとも思いました。

 

洋服も安くはないので、一般的に単品売りが殆どの中、1品買った人に次の1品を勧めるなんてことはどこの店員もしないんですね。しかし彼は関係なく提案してきます。他にアクセサリーなども彼のイメージにあるらしく、洋服+αで店内の商品をトータルでよく掴んで提案しているな、とわかります。 

お客が望むものを控えめに勧める販売員は多いですが、相手の好みを聞きつつ「これがいいですよ。」とハッキリ結論づけて売ってくる店員は新鮮です。数ある商品の中で本当にいいものを売ってくれるとわかればこちらも信頼できるからです。

そして今回、自分の仕事においても「いいもの」については遠慮なく提案していいんだなということが勉強になりました。
それは商品そのもの、とそれを組み合わせる自分のセンスに自信があること、そして相手のことを最大限に考える気持ちがあること、がもちろん大前提なのですが。

私もこれまでお店の患者様にご提案する際にどこか遠慮がありました。つまりお勧めする自分の心の方が整っていなかったということですね。

「いいもの」は相手のことをよく考えた上で遠慮なく勧めなくてはいけない。そして提案とは、もちろん相手側ありきなのですが、自分の心に本すじが見えていること、だからこそブレが無く勧めることが可能となること、つまりはすべて自分次第、ということがわかり、とても納得しました。行きつく答えは、やはりシンプルです。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 8/一人当直、で鍛えられたこと

 

昨日は、永田先生が先に帰り、院長も用があるからと先に帰り、一人ぽつんと職場に残された時に昔の職場のことを思い出していました。

公務員をしていた頃の話で20年以上も前の話です。当時19歳だった私は部隊実習員をしておりましたが、当直日には一人で当直をしなくてはならない部署にいました。一人当直となると実習員であっても、一般の先輩方と同じ内容の仕事をする必要性がありました。

当時は厚木基地の管制塔にある写真室で勤務していましたが、夕方になると、航空機の搭乗員が一日のミッションの中で撮影されたフィルムを持ってやってきます。現在と違ってまだアナログ処理の時代でしたので、モノクロの一般のフィルムが使われていました。ブローニーと呼ばれる35mmフィルムよりかなり大きい中判カメラ用フィルム(120フィルム、220フィルム)ですが、それを深夜までに処理するという内容です。

搭乗員の撮影データも重要で、天候とカメラの絞り値とシャッタースピードで、だいたい何分くらいの現像時間がかかると予想して現像室に入らなくてはいけませんでした。現像室に入ってからは暗緑色のセーフティライトのみが頼りで、もしも逆光で撮影されていたり、ひどく暗い露光の中で撮影されたフィルムの場合、セーフティライトで何回見ても、画像が浮かんでこない場合もありました。この場合、心理的にかなり焦ります。現像液に何分つけても画像が出てこないと、自分の目がおかしいのか、撮影の仕方が悪いのか、真っ暗な暗室の中で判断に苦しんだことが何回もあります。

 

その頃はよく先輩に言われていましたが、「このフィルム1本撮るのに国家予算いくら使ってるのかわかってるのか。」つまり、現像に失敗は許されない、という意味でした。

さらに処理スピードも重要であり、受け取ってから最初の処理を完成させるまでに2時間が目安。ポジ処理を終わらせるまでにさらに数時間かかりました。ですので、ネガフィルムの迅速処理をするためにリールという金具も省略して使わないやり方をしていたものですから、失敗した場合、現像ムラが起きたり、フィルムに傷が入ったりします。一度に3~4本のフィルムを同時に現像する場合もあって、慣れていないとフィルムを壊してしまう可能性もあり、処理スピードと、正確性の中でいつも緊張してやっていました。何回処理しても事故のリスクは同じです。しかも作業がたいへんでも現場の先輩方は特に手伝ってはくれない空気でした。いじわるという意味ではなく、皆がプロだったために個人個人が自分の当直の時は一人で仕事をする、という空気でした。

とにかく、たかがフィルム。されどフィルム。写っている内容が内容だったので、されどフィルムだったのです。

 

一度、私の後輩がこの現像処理に失敗した際に、上司は、群司令まで頭を下げにいったのを覚えています。つまり私の上司はさらに4階級上の上司に直接誤りにいかなくてはいけない内容の仕事だった、ということなんですね。

そして、この「されどフィルム」の精神が今の私の仕事の基礎になっている部分があります。

仕事とは基本的に一人なので誰にも頼れない、弱みを見せれない、技術不足を言い訳にできない、一人前の先輩方と同じ仕事をしなくてはいけない、不測の事態にも対応しなくてはいけない、状況。毎度後がない、んですね。だから、たかだか写真業務、他人の目から見れば誰でもやっているし、できるだろうと思われる仕事でも、そういうものではない。この苦労した業務経験こそが現在の私の仕事に向き合う精神を造ってきた思います。

他人から見てなんてことない内容でも自分にとって生命線をかけてやらなくてはいけないことがあります。

大げさと思われるかもしれませんが今の業務でもある意味同じなんですね。1時間という単位時間に自分ができることをどれだけ出せるのか、は勝負です。患者様が毎回来てくれる、と私は考えていません。1回1回が重要です。患者様は貴重なお時間と施術費を割いて来てくださるわけですから、来てくださった患者様には損はさせたくない、何か健康をプラスしてあげたい、毎回そう考えながら施術しております。

 

常に患者様の健康の一助となる何かを見つけていきたい、その工夫の連続で毎日が回っております。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 7/人生は一冊の問題集

 

悩みのない人生を歩んでいる方はいないだろうと思います。どの方も、大小様々な悩み、苦しみをもって過ごされていると思います。

私の信条とするものですが、人生を肯定的に考えられる言葉の一つに「人生は一冊の問題集」という言葉があります。
これはどういうことかというと、「その人が当たらなくてはいけない問題にまさに当たっている」ということです。あなたはその問題が自分には大きくて、苦しくてどうにもならないと思っているかもしれませんが、その問題はその人にとって丁度良いものである、ということです。悩んでいる皆さんが問題に向き合って、問題を解かなければその人自身が成長できないという、丁度良い問題集が各人の人生に用意されていて、あなたは今まさにその問題にあたっている、ということなんです。

自分と他人は同じ問題集をもっていません。どんなに仲のよい友人でも皆一人一人違う個性で生きていて、別人です。だから抱えている課題が違うので、皆自分だけの問題集を持っていることになり、その問題は本人固有のものということになります。つまりはご本人にしか解けないようになっているのです。

こんなに立派な方が、こんなに明るい方が、と一見悩みがなさそうに見える人でも実は劣等感をもっていたり、他人を僻んでいたり、一生罪の意識から逃れられなくなっていたりするものです。そういう方は何年間も一人で悶々と悩んだり、あちこちに行って相談したり、占ってもらったりしても、何か違うな、と思われているのではないでしょうか。一旦は心が楽になるアドバイスを受けても、またその問題が頭をもたげる。根本から解決した感じがしないからスッキリしない。そのうち何に悩んでいるのかわからなくなって体調不良になる、など。

 

問題に対し正面から対処する方法が毎回正しいとは限りませんが、基本的には逃げないで立ち向かう精神が必要だろうと思います。皆さんの生き方に一定の強さがなければいけないと思うんですね。立ち向かい方にも様々あって、じっくり考える、問題の相手と話し合ってみる、本などを読んで勉強してみる、他人の話を参考にしてみる、気長に行くことにする、少し時間をおいて考えてみる、散々苦しんだから努力して忘れる、など段階や程度はいろいろでしょう。

また、どの方も経験あるとは思いますが、その問題が大きいから逃げてみよう、無視してみよう、(無意識に)病気になってみよう、といくら逃避しようとしても問題は追いかけてきます。一度は逃げられても心は覚えているので、後悔や反省や罪悪感などがついてきて、問題に挑まなかった場合は一定の苦しみが残ると思います。逆を言えば問題に対処しようと決心した場合には、その時点ですでに問題は整理されていますので、問題から逃げていた時期より苦しみは半減します(まだ問題解決していなくても)。逃げれば追いかけてくるのに、対処しようと決心すると苦しみは半減するのです。

そして立ち向かうといっても、すぐに解決できない問題はたくさんあると思います。例えば「家族が病気でこの先何年その家族の面倒を見なければいけないのか、わからない。」とか、「自分は悪くないのに社内で責任を負わされて左遷された。果たしていつ本社復帰ができるかわからない。」など長期に渡る苦しみもあると思います。人間は周りの人間の影響を受けて生きている部分もあるので、一見、他人の状況に迷惑をかけられたように感じることもあります。

 

しかし古い言葉ですが、転んだところからが人生と言われています。どのように転んだかは重要ではありません。どのように立ち上がったかが重要ということになります。これがわかるだけでも悩む時間の半分はなくなります。どうしてあの時気づかなかったのか、どうしてあいつに騙されたのか、など「理由」の部分は悩まなくてよくなるからです。今の問題は、なるべくしてなった、と捉えた方が無難でしょう。

先の問題の例について、どちらの例を取ったとしても、長期でのタフ性が人生を回復させていくことになると考えます。つまり、前の例においては、人の看病をする機会を得られたことに感謝して献身的になれるか、が一種の修行ということになります。一人の病人が出てそのご家族を守っていくことは、周りの人間の愛の精神を鍛える絶好の機会となるんですね。もちろん病気のご本人にとっても忍耐の修行です。そして、看病とは大変です。現実の金銭的、時間的、体力的な問題に制約される中で常に工夫しつつ、純粋な気持ちを保つことは一種の菩薩業になってくると思います。長期での強さも必要でしょうし、悩み過ぎない楽観的な部分も必要だろうと思います。

後者の問題についても、会社ではよくある話です。組織には一定の悪が許されている部分があり、様々な利害関係の中で問題のない人に責任が押し付けられることは珍しくありません。その時に責任を取らされる方は最初、その状況を呪うでしょう。仕方ない、と言える人でも心の中は平和ではないと思います。

もちろん、なぜ人に陥れられたのかは反省する必要はあります。細かく情報は得ていたのか、人間関係は上手くやっていたのか、業務は正しく判断できていたのか、など点検項目はたくさんあるでしょう。さらに深く、人間として徳は積んでいたのか、利己主義ではなかったか、自分に正義はあったのか、なども反省項目に入ってきます。

様々な理由がある中で、自分が落ちた、という状況になった時それは受け入れるしかありません。受け入れたらそこからが本番となります。人の本質とは、立場を一段落とされた時によくわかると言われています。その人が一つ立場を落とされた時に破滅的になるのか、仕方ないと受け止めて自分なりに人生を再構築できるのか、または今までよりもっと積極的に生きてより良い人生を作っていこうとするのか、このどれを選ぶかでその後の人生が変わってきます。

 

つまりは「転ぶ石」はあらかじめ人生の中で用意されていて、それによって転んだ事実よりも、その対処法が大事なんだということです。理由はそこに「魂の成長」があるからです。ですから問題が起きたら、まずそれを肯定することが大切です。そしてそれを分析して、できることとできないことを分けて、ここは頑張る、ここは流れに身を任せる、ここは一旦忘れる、と整理して気持ちをクリアにする努力が必要です。大概悩みの数が3つ以上になってくると頭で考えられなくなって、なんかぼーっとする、とか体調が悪いとか、慢性的な不調に陥ってきます。頭は認識できなくても体が覚えているのでしょうね。そこについて整理しないと永遠にそのままなのです。結局は自分で戦うしかない、という結論になります。

そして与えられる問題の難易度について、「(その人に)解けない問題は与えられない。」という言葉はまさに当たっていると思います。神様は皆さんに少しだけ重い荷物背負わせますが、それがその人の魂の成長を考えると丁度よい重さなのだそうです。ですから難しい問題に当たっている人ほど、人格としてのレベルが高いのかもしれません。

というわけで、とりあえず解決方法はわからなくても、今の悩みを肯定してみてはいかがでしょうか。逃げたり無視したりするのではなく、嫌がらないで問題を受け止めてみましょう。そして覚悟をもって、悩みを分析してみればいいと思います。どこまでが解決可能で、どこからがどうにもならないことをただ悩んでいるだけなのか。解決には手段は何があるのか、解決のためにはどのくらい犠牲を払わなくてはいけないのか、周りに相談したのか、解決のための情報は模索しているのか、どうにもならない感情なら、いったん考える時間を減らしてみたらよいのではないか、など。

すでに何年間も悩まれていたとしても、同じことを繰り返し何百回も考えている場合が多いんですね。究極的な苦しみを何百回も味わうことで自分を苦しめているケースが多いのです。

今回は「悩み」という難しい問題について概念的な説明をしました。
悩む時期が過ぎて数年経ってからいろいろわかることも出てくるかと思いますが、すべての問題はあなたにとって必要なこと、ということです。

個別の問題についても機会があれば例を上げてご説明していきたいと思います。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 6/当院の提供できる「美」とは何か

 

※以下、ホットペッパービューティー上で掲載した内容になっております。

※当サイトについては2017年8月をもって終了予定です。

 

ホットペッパービューティ-とは、皆様もご存じの通り、国内最大級のヘアサロン・リラク&ビューティーサロンの検索・予約サイトです。当院も参加して数か月が経ち、様々な患者様にご利用いただいております。

ここで個人的に「ビューティー」という言葉が以前から気になっていました。お客様は単に予約するだけなのに、当サイトは何か印象がいい。つまりは検索する人が潜在的に求めている「美」を上手く消費に結びつけているような気がするんですね。行き過ぎた表現かもしれませんが、このサイトを使うと何らかの美しさが得られますよ、というような。

検索サイトに登録しているお店には様々なタイプのお店があります。皆若い女性に向けたおしゃれなお店ばかりではなく、古くからやっているようなタイプのお店もあります。しかし検索サイトは何かふんわりした印象の写真を使用し、参加しているお店はすべて優しい印象のお店に感じられるようにしています。上手いですよね。

そして消費者の方々も常々何らかの「美」を得たいと感じられているのではないかと思います。男性はあまり意識しないかもしれませんが、女性は大半の方がそうではないでしょうか。もしも「無料であなたを美しくして差し上げます。」という魔法の広告があったなら拒絶する方はほとんどいないでしょう。そのくらい美とは無条件に人の心の中で求められているものだと思います。

そして、この「Beauty(美しさ)」について、「当院の提供できる美とは何か」をひたすら考えました。
基本的なことですが当院は室内の清潔感について細部までこだわると共に、スタッフの服装から店内の香りに至るまで不快感がないように一定の基準を保ってやっております。これまでこの基本的な部分においては不快感を示された方はいらっしゃいません。

しかしながら、もう少し積極的な部分で提供できる美とはなんぞや、ということはご説明しておいた方がいいと思うんですね。当院の治療を受けることでどんな美しさを得られるのか、という点です。

 

初期の頃、先輩がメニューを考案していて、骨盤調整メニューの説明を作成していた時に「・・あなたも骨盤の歪みを調整して骨盤美人に!」というような文言を打っていました。この時にちょっと恐怖を感じました。もしも患者様から「骨盤美人ってなんのこと?」と質問されたら即座に返答できなければいけない、と思ったんですね。そうでなければメニューに誠実性がなくなってしまう。考え過ぎかもしれませんが、お客様に提供する以上、きちんとした説明ができなければいけないな、と思いました。

一般的に美とは「形態美」を指すことが多いだろうと思います。これを当院のメニューに置き換えて考えてみると、歪みのない、筋骨格バランスのとれた体を作る、ということでしょうか。しかし、ここで一つ。レントゲンもMRIもない中で形態として美しくなった体を誰が実感できるというのでしょうか。骨盤は皮膚の下にある上、仙腸関節や腰仙部が数ミリもずれていないのかということは、鏡で見たところでよくわからないだろうと思います。

つまり、患者様が形態美としての実感度を求めるならば、満足度を得られない可能性がある、ということなんです。
最終的な答えからいうと、患者様が感じる満足度とは「形態美」として、というより「機能美」として感じる、ということなんですね。
「あぁ、腰回りが楽になった。」というセリフは非常に多いですが、これは筋骨格系が整った、という見た目からくる満足度ではなく、患者様の体内センサーで感じる全身の機能性が向上した、という部分に対する満足度なんです。

当院の提供できる「美」とはまさにこれです。例えば筋骨格バランスが整ったという、見た目で感じる美しさも否定はしませんが、それよりも機能性が向上したという「機能美」を感じていただくことこそが当院の提供できる「美」なんです。目で見る美しさではなく、体内センサーで感じていただく美ということになります。

機能的になることを機能性がUPしたというように説明する治療家は多いでしょう。しかし、治療から機能美が得られますよ、と説明する治療院はほとんどないと思います。体が機能的であること、つまり関節や筋肉が引っ掛かりや痛みのない状態となり、本来の働きを取り戻すことは、一種の美学であるということだと思います。長くなりましたが、ぜひ「当院の提供できる美」を感じていただけたら、と思います。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

「頭痛」患者様に重要なお知らせ カイロ無料相談会&無料体験会も引き続き実施中!!(好評!)

本日より期間限定ではありますが、頭痛患者様に向けた企画を開始致しました。「頭痛」には原因不明なものもあるかと思いますが、梅雨の時期に代表される主な症状です。この季節性の頭痛にお困りの方が非常に多いため、当スタッフも頭痛患者様のために何かしたいと考え、本企画を提案させていただくことに致しました。

 

 患者様のお話を聞いていると、特に目立つものが季節性の頭痛です。

特に梅雨や台風時期は気圧や湿気の変化で体内バランスが崩れ、お辛い方が多いようです。また、それとは関係なく片頭痛や群発性頭痛など普段からの症状でお悩みの方ももちろん本企画の対象でございます。

 お辛い症状をおもちの方がいらっしゃいましたら、この機会にどうぞ、当院の施術をお受けになってみてください。

 

 また、すでに当院に通わている患者様におかれましては、ご家族、ご友人に頭痛でお困りの方がいらっしゃいましたら、この機会にぜひご紹介くださいませ。スタッフ一同、心よりお待ち致しております。

  

特典:

頭痛患者様、初回検査料 1,000円OFF!! 

通常(初回)8,640円→7,560円

 

※「HPを見た」か、又は下記のチラシをご持参ください。

※対象者:初めて当院ご利用の方のみ

※割引対象期間:6月10日(土)~7月31日(月)

 (この期間にご予約のあった方対象)

※頭痛の程度は問いません。軽いものから重いものまで。

※頭痛と合わせて他の症状(例:腰痛、肩凝り等)がある方も対象になります。

※院長は、本企画に対応しておりません。

 

まずは下記までお電話でのご連絡をお待ち致しております。

 

ご予約受付時間随時(営業時間内:10~20時)

連絡先:ナチュラルケア水道橋外来センター

担当:永田/竹島

 

03-5805-0927

 

竹島 Blog 5/問診時の「聴く力」とは

 

以前にテレビで放映されていたのですが、ミュージカル『アニー』のオーディション会場での、子役の子たちの様子が印象的だったのでよく思い出します。数千人の中、第1次試験、2次試験と勝ち抜いてき子たちが、最終選考の場で、それぞれにセリフを渡され、それを自分たちなりに理解して、演じます。

最終試験方法は、試験管側が相手役を用意して、それぞれの子役の子にセリフを言わせますが、相手役とのセリフの掛け合いを見るやり方でした。どこの子も自分の情熱、人生をかけてセリフを言い、自分を表現していました。

そして結果は二人のアニーが合格することとなりますが、この際の判定基準が紹介され、「なるほど」と思いました。要は、「セリフが上手い子」ではなく、「相手のセリフをよく聴いて、自分のセリフを言えているか」がポイントだったのです。合格した曙には、周りの方々と一緒に舞台を作っていくことになりますから、相手を受け止めてそこにどう自分の演技を足していくか、が勝負になっていく、ということなんでしょうね。これは誰も教えてくれることではないので、合格するためには才能と運が必要とされたのではないかと思います。また合格しなかった子も、このような価値観を勉強できたことは、一生の宝となったでしょう。

私たちは、最初の問診時に患者様からお話を聞きますが、まさに「聴く力」が必要だな、といつも思います。

私が気を付けていることは、初回まずは患者様の感情の受け止めに終始し、そして患者様はどんなタイプの方で何を望んでいるか、だけをひたすら探ります。そして自分のポジションは相手が望むポジションに置きます。つまり、先生らしい意見が欲しそうなら、そのように。単なるその辺の整体師の扱いなら、自分を落としすぎないで一般的見地から意見を言います。他に友達的な感じを望まれるか、気さくに話をして欲しいのか、何も話したくないのか等、細々ありますが、まずはなるべく相手に合わせるように努めます。

これは決してご機嫌伺いではありません。細かく聞けばいいと思って、ここをよく間違っている人は多いですが、同じ会話を繰り返していないか、相手との会話が滑っていないか、などはよく感じ取った方がいいかと思います。これは患者様のより多くのお悩みを聞き出すための方法です。

 

そして問診が終わって、検査をしながら細々ご説明していきますが、ここからが「掛け合い」に入っていきます。相手がどういった説明を望んでいるかを会話をしながら探ります。

事実をどう表現して、相手の治療に対する理解が得られるか、相手の心に「治療が必要だ」ということを染み込ませることができるかが焦点になります。専門知識はもちろん必要ですが、しかし他に重要なポイントがあります。専門知識をちょっとした言い回しで工夫する、また同じことでも角度を変えていうことで相手への染み込み方が変わってきます。

ですから相手の反応に対し繊細なセンサーを持たなくてはいけません。相手の言葉だけでなく表情、皮膚や目の動きなど非言語的なことから得られる情報は大きいです。言葉にならない声を聴くことは必要ですね。そしてDr.側は落ち着いた態度、聞きやすい声の調子に努め、患者様に良くなり様な予感を与える雰囲気も大切です。「患者様がこの先生と一緒なら、良くなりそう。」また、そこまでいかなくても「治療が楽しい。」「体の仕組みを知ることができて楽しい。」などなんでも相手が明るくなる要素を盛り込むようにすればいいのです。

私は「あいうえお」しか言いません。基本的な関節と重要な筋肉の説明しかしません。大きなものを変えると患者様の実感度が高く、細かな体の修正は体がひとりでにしてくれます。(もちろん重いケースもあるし、様々な場合があるので一概にはいえませんが。)

そして、自分の治療の特殊性などは施術の後半から静かに出していきます。相手を見てから自分を少しづつ出していきます。「自分はこんな治療をする」ということは後からでいいのです。カウンセリング療法でもよく出て参りますが、悩んでいる方にはまず「受容」と「理解」で十分なのです。ここが重要であり、間違っては上手くいきません。

以上。まだ修行の身であり、僭越ながら。自分の「隠し味」の部分を出してみました。
様々な治療家がいて、それぞれに重要だということが違うので何ともいえませんが、「・・へぇ。」と思って見てくれる方がいれば幸いです。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 4/道に迷って助けてくれるのは

 

変な話ですが、「道に迷った」といえば自分の中でいつも思い出すエピソードがあるのでお話ししようと思います。

私は前職、公務員をしておりましたが、10年ほど前の話です。仕事でパリに1か月ほど滞在したことがありました。当時から大人しくなかった私は、プライベートな時間は皆が外出を控えて静かに過ごすことを良しとする空気の中(仕事で来てるので事故を起こすと非常にマイナス評価になる)、一人でパリ中を探索して回っていました。1月の真冬の中、当然日が暮れるのも早いですが、仕事が終わってからいつも外出して街を歩いていたように思います。

教会や美術館、公園や橋などももちろん歩きましたが、やがては有名どころの「駅」も回ってみようと思いました。クロード・モネで有名なサン・ラザール駅(1877年)にも行きましたが、一番興味があったのは映画『ニキータ』が撮影された「ル・トラン・ブルー」というレストランのあるリヨン駅でした。・・そしてこの駅が迷宮地獄となったのです。

まず、単純にそのレストランが見つかると思って構内に入ったはいいが、駅が広すぎて自分がどこにいるのかわからない。また、駅の中は場所により明暗が分かれすぎていて、明るいところと暗いところの差が大きかったのです。そして迷って迷って私が出た地上は電車などない、ただっぴろい廃線場でした。見渡す限り人など生き物はいなく、そういえばこの線路に上がる階段の下には、よくわからない黒人が数人転がって寝ていたな・・という感じのところです。さすがの私も早く明るい場所に戻らなくてはと思い、出口を探して歩き回り、やっとTAXI乗り場の標示が見えたので、助かったと思って近くまで行きました。しかしタクシーは確かに何台も並んでいるのですが、乗っているドライバーは皆、こう言ってはなんですが動物様に見えました。ここのタクシーに乗せられたら、どこに連れていかれるのか・・という感じのタクシー乗り場でした。もちろん夜でしたので様々な人種の方がシルエットに見えたこともあり、必要以上に恐ろしく見えたのでしょう。

再び地上に上がるためのルートがわからず、よくわからないエスカレーター地獄の中で苦しんだ末に、最後は「誰かに出口を聞こう」と決断しました。そこにはモップで拭き掃除をしていた掃除夫のおじさんがいたので、後ろから肩越しに話しかけました。

「Excuse me.」 「Excuse me.」

 

水色のオーバーオールを着ていて、体格がいいおじさんは後ろから話しかけたとはいえ(掃除用の帽子が「マリオ」を連想させたこともあり)きっと親しみやすい人だろう、と勝手に思っていました。

「Excuse me.」

しかし、振り向きません。再度呼びましたが、反応がないので聞こえていないのかなと思って、トントンと彼の右肩をたたきました。

「Excuse…」

くるっと彼は振り向きました。
私は一瞬言葉を失いました。

右目は私を見ている。しかし左目は斜め上を見ている・・斜視、いや・・義眼だ。
1秒、時間がかかりました。失礼な態度をとらないように。

しかし、彼は本当に親切でした。空気を察して、私を安心させる会話と動きをしてくれました。
私は入ってはいけないレーンに入っていたらしく、チェーンを取って元のレーンに私を戻してくれました。

「地獄に仏」とはフランスに失礼かもしれませんがそのくらいの状況の中、インパクトのある出会いでした。人生で道に迷ったら助けてくれるのは自分の全く予測しない人かもしれません。

結局迷宮ルートから抜けた後、すぐに「ル・トラン・ブルー」というレストランは見つかり、その下からレストランを覗きました。

アジア人の女性が目立ったのか、レストランはかなり高い階上にあったけど、数人の黒人のボーイの人が走ってきて、レストランに寄っていけ、寄っていけと誘ってくれました。しかし、あまりに誘いが強烈だったこと、夜も遅くなっていたこと、そして先ほどの迷宮地獄から生還した気持ちになっていたことでそれ以上冒険する気分にもなれず、引っ張られる腕を何とか振りほどいて、リヨン駅を出ました。今思えば老舗フレンチのお店でお酒の1杯も飲んでくる気概があっても良かったのかとも思いますが。

以上、何が言いたいのかよくわからなくなりましたが、人生困った時には意外な人が助けてくれて、意外な人が遊ぼうと誘ってくれるかもしれない、ということにしておきます(笑)

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 3/ライラックとラフマニノフ

 

先日近所のお花屋さんでライラックという花を見かけて、以前見たロシア映画を思い出しました。

『ラフマニノフ ある愛の調べ』(2007)。ロシアの作曲家・ピアニストであるセルゲイ・ラフマニノフ(1873年 - 1943年)の生涯を、3人の女性との関係を通して描いています。英題は『Lilacs』

この映画は見ていてスッキリする内容(筋の通ったドキュメンタリー作品)と言うより、芸術的観点からさまざまな脚色を施したであろう内容になっています。そこに象徴的なものとして使われているものがライラックの花束。かつてロシアでラフマニノフがアンナ(最初の恋人)に送ったのもライラックの花束で、亡命先のアメリカで苦悩している彼のもとに届いたものもライラックの花束でした。(確か送り主は不明。)
しかしあれだけ象徴的に使われたので、私の中でライラックを見る→ラフマニノフを思い出す、ように刷り込まれてしまったんですね。

ラフマニノフといえば私の大好きな作品が『ピアノ協奏曲第二番ハ短調』。最近は『のだめ・』でも使用されていたので記憶に新しい人も多いのではないかと思います。第2楽章は第二次世界大戦直後、イギリス映画『逢びき』のテーマ音楽に使われて一躍知られるようになったようです。

この曲は人生の悲しみや苦悩を表すような曲調で始まりますが、最初のピアノの「入り」の部分はドラマチックな後半を予想させるようで、とにかく引き込まれます。様々な方が演奏されているのでしょうけど、私が好きなのはツイマーマン。テクニックが凄いです。どんな難所も最高のタッチですいすいかわしていきます。そして本曲には展開があり、始まりは暗い調子ですが、7分あたりで力強く、未来が開けた調子に切り替わります。ラフマニノフの心の変化が曲に反映されているのでしょうね。

ラフマニノフは本曲を作曲中、強度の神経衰弱におそわれ、あらゆる治療を試みたが効なく、絶望的になっていました。そこでニコライ・ダール博士という精神科医である催眠術の大家に出会い、彼の献身的な努力によって全快、この博士に励まされながら作曲を再開したそうです。きっとこの曲はダール博士に捧げられたのでしょう。

ものを創り続ける芸術家の苦悩については計りしれませんが、天才の裏にそれを支えた治療家が存在したことに変な満足感を覚えました。様々な方の人生を受け止め、献身的に支えられる人間になりたいです。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島

 

 

 

竹島 Blog 2/人を魅せる

 

我々の卒業したカイロ学校では1年生から4年生までのカリキュラムがありましたが(RMIT時代は5年制)、学年を経るごとに人に見られる授業が増えていきました。つまりは、座学においては当初聞いている授業だけであったのに、やがては考えて発表する授業が増え、実技においては見て自分でやってみる授業から、実際に施術しているところを評価されるようになり、やがては後輩の前で施術し、重鎮の先生方の細かなチェックを受けながら治療していく、といった具合に教育は進んでいきました。

 

何の職業においても同じなのかもしれませんが、「先生」と呼ばれる立場に立つということは、人に見られることに耐えていかなくてはいけないのでしょうね。

 

ある成績優秀な先生がいらっしゃいまして、その方は施術歴10年以上も経過した立派な先生なのですが、その方から聞いたことです。「自分も最初は後輩などの誰かに見られながら治療するのが嫌で嫌でたまりませんでした。上手くしゃべれないし、テクニックも何も、自分が説明している内容だって誰にも聞かれたくなかった。しかし、5年も経験すると変わりますよ。私もその頃から自分の施術を見てください、というようになりました。」

 

臨床の知識と経験が積まれ熟成されたことで、もはや誰かに見られることは嫌どころか、そこからはるか高みに上がって教育的レベルにまで至った人の言葉ですよね。おっしゃりたくないところを教えてくださったことにまずは深い感謝をし、さらに人は変われる、という希望をいただけたように思いました。

 

確かに当院の院長をみても施術室にファミリーごと一緒に入ってもらって、数人に対し一度に説明しながら治療している姿をたまに見かけます。全く堂々としていて、キャリアの差を感じます。私はよく院長に「自信なさげにしていますよね。」と言われたりしています(笑) しかし自分ではこれが原因ということははっきりわかっているので、そこについて密かに努力していくつもりです。

 

しかし今一番恐怖なのは、院長との地獄の練習時間です。院長は教育の鬼になります。(機会があれば別のブログで報告します。)

 

「人に見られることに耐えられる施術」から、人に見せられる施術・・もう一段上の、「人を魅せる施術」ができるようになりたいと思っております。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター

文:竹島