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竹島 Blog 21/信頼する人に「騙された」ことはありますか?

この質問に対し私は、恥ずかしながら「はい」と答えます(笑) 
 
   前にしていた仕事の関係なので、数年前の話になります。職場での人間関係の話ですが、取引先とか対外的なことではなかったので金銭が絡む、とかそういう被害はありませんでしたが職場のとある人から多くの嘘をつかれていたことがあります。長期に渡ったので、1年くらいはその状態が続いたでしょうか。私はその人の嘘のストーリーの中で嘘を信じて、嘘を修正する嘘を何十回も信じていたことになります。
 
   その人自身はよく仕事ができる人で周りの信頼も厚い人でした。私も数年前から知っていたのですが、職場の誰も悪い印象など全く持ってなかった人なんですね。
 
   しかしその人は、後に分かったのですが、とんでもない人でした。例えば、親戚が危篤だから早退したい、などと言って帰りましたが、そんな親戚は存在しなかった、とか。いもしない親戚を作り上げて、自分はその人にとてもお世話になったとか、涙目で語るくらいの演技力でした。
 
    私に関係することでも、その人はあることないことを上手く組み合わせながら私に話していたんでしょうね。職場の周りの人の状況や反応もその話と合っていたために、私は全てを信じざるを得ない状況でした。
 
   しかし最後私は、疑心暗鬼で誰も信じられないようになりました。私が気にしていることを知って、嘘を練りこんでくるので、手口は鮮やかですよね。
 
  嘘をもっともらしく言うために、嘘を追加して念押しして伝え、嘘がばれないようにまた嘘をつき、嘘を伝えた人と伝えていない人の矛盾を埋めるためにまた嘘をついて・・と、とにかく嘘で作った世界の中で生きていたようです。
 
   現在その人は左遷されてもまだ組織にしがみついています。嘘が分かり組織に処分されても、最後まで自分のことしか考えていないようでした。嘘をつくことに究極、罪悪感がないわけではなかったようですが、嘘の中毒患者のようになっていました。
 ・・それにしても。分かった時には確かに参りまたし、かなり私の人生に被害を受けた形になりましたから、暫くは頭から抜けませんでした。もし次に会うことがあれば、どうやって苦しめてやろうと考えていたくらいです(笑)
  しかし時間が経った今は冷静に受け止められるようになりました。
 皆さんはいかがでしょう?人生順調に誰にも害されることなく生きてこられましたか?または、大なり小なり何らかの被害を受けたことがありますか? どうであれ、なるべくなら人に騙されたくありませんよね。自分の人生、誰にも騙されたくない、害されたくはない、そう考えるのは当たり前です。
 
  一般的によくある、金品を取られた、策にはまって陥れられた、と言っても、向こうは証拠が残らないようにしていることが多く、またそういう人は誠実な様相をしていたりして、普通に社会の中で暮らしていたりするので、なかなか見分けは難しい場合があります。
 
  彼らの一番の罪は、金品をとった、とかそういう単純な話ではなく、信用する心、信頼する心、という人間としての最も崇高な部分を傷つけることなんでしょう。
 
   人を「信じる」部分に傷を入れられると、それなりにダメージがあります。何とも思っていない人からならダメージは少ないのかもしれませんが、信用していた人から裏切られた場合には、疑心暗鬼の心が強くなります。誰に対しても疑う気持ちが出てきますから、一人相撲でたいへん疲れるようになります。
  
  要は的を得ていない自己防衛の気持ちが強くなる、ということですね。その手前には、怒り、恐怖、自暴自棄、情けなさ、空虚等・・様々な気持ちがあります。あの時信用していなければ、疑って調べていれば、今思うと出来過ぎた話だった、など後悔もあるでしょう。
 
   しかし人を疑ってばかりもいられません。人を信用しないと前に進めないことが多いので、人を疑ってばかりで生きていくのは困難です。
 
  例えば、誰かと友人になる、信用して本音を話す、相談する、ビジネスでも、内状や実情を伝える、相手を信じて何らかの契約をする、一緒にパートナーを組んで会社を運営していく・・など、人は他者との信頼関係の中で物事を進めていく部分がありますから、人を疑ってばかりというわけにはいきません。 何事にも人は絡むので、初めには相手を疑っても、その人の人柄や人間関係、過去のデータ、実績などを見て、大丈夫そうかなと思ったなら信用して繋がりを持つことはあるでしょう。
 
  また、周りの誰かに意見を求めてもわからないことはあります。多くの人は信じるより疑う方を重んじていて、それが安全策だと考えています。その見地からアドバイスを常にしてきます。だから、参考にできないことも多いのです。
 
   従って最後は自分の決断しかありません。相手の見える部分から、果たしてこの人は信用できる人なのかどうかを考えますが、本当の最後は飛び込まないと「分からない」ことも多いです。
 
  仕事であれば、幾つか策を用意してこれが駄目ならこれ、これが駄目ならこれ、と万一のために回避策を取ったりもします。 また初めは関係性がよくても、徐々に相手の腹が分かって、関係性が悪くなる場合もあるでしょうから、短期では上手く行ってたけど、長期で付き合うと信用できないと分かった、というケースもあるでしょう。
 
    そして仕事、プライベート共に、相手に大きく期待しないことも自己防衛策としては大きいです。期待が大きいとそうならなかった時に落胆する気持ちも大きくなります。これは騙す、騙されるまでは行かない話ですが、いざという時に相手を悪く思わなくてよくなります。
  
   現在、人に騙されたなど被害を受けて苦しんで疑心暗鬼になっている方は、必ず心が傷ついた部分をお持ちだと思うので、どうか深く傷つき過ぎないでください。場合によっては、他人に攻撃的になっている方もいるでしょうけど、大きくも小さくも必ず心に傷があってのことと思うので、それを癒すことが大事ですよね。
 
    そして今後は知識や知恵を身につけることと、タフになることが必要です。気持ちを落とし過ぎないで、長い時間に身を任せて忘れることも一つの力です。死んで幽霊になる人は「しつこい」人が多いらしいです。「あいつのせいで自分はこうなった、だからあいつが悪い。」という思いは消えにくいでしょうが、その気持ちは醜い姿となって自分に跳ね返ってきます。
 
   悪いことも人生勉強の一つだから、と他人に諭されることも嫌なものです。一人で戦う部分が大きいのなら、辛い時はなるべく「落ち過ぎない」ことが大切です。時には単純にサッパリと考えることも必要です。
    私は自分の人間力を強化すること+社会経験を積むことで、他人の心を見抜けるようになると考えています。自分に力がついてくると、薄い人が分かるようになりますよね。例え相手に霧がかかっていても、本音を聞いていくと、本当に実感した真実を話しているのか、それらしく見せているのかわかるようになります。正直私は人を見る時にここだけを見るようにしています。これに幾つかの経験を積んでいくと、より人が見れる力が強化されます。騙された経験というのはこの部分に当たるのでしょうから、けっして無駄ではありません。それを糧にすればいいだけなんです。
 
  辛い経験をされた方は、一定期間の精神的休養の後、どうか負けずに、よりよいプラスの人生を構築していってください。
   人は以前より良くなれば、前の失敗など小さく感じて思い出しもしなくなるものです。
 
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文:竹島