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竹島 Blog 20/ 人を「理解すること」は「愛すること」と同じ

 この言葉は私のとても好きな言葉であり、「多くの人を理解できるようになりたい」という人生の願望があるのですが、しかしながら同時にその難しさに日々悩まされます。

 

 人というのは、自分と同じような、または似たような人については、理解しやすいと思うんですね。自分と同じ思考回路を持っているから相手の発言や行動について理解できる。理解できるから信頼関係ができる。友人、恋人、家族など親しい人は自分と似たようなタイプの人が多いのではないでしょうか。逆に自分が付き合っている人をみれば、自分がどんな人かわかる、という言葉もあります。

 

 しかし世の中には人が溢れかえっています。自分と似たタイプの人は意外に少なく、自分の苦手なタイプの人が多かったり、嫌いな人が徳をしていたりと、嫌な現実に直面して、さらにその人間と長く付き合っていかなくてはならないケースも多く、楽にはいきませんよね。会社や学校、取引先や親類、中には友人や家族などの身近な人に至るまで自分の苦手な人、嫌いな人はいるものです。

 

 例えば、苦手あるいは嫌いな人がいたとして、その人が自分と距離が遠く関わりが少なくてすむ場合には、人生経験の一つとして「嫌な人に会ってしまったな」「少し距離をとって付き合おう」と片付けられますが、そう簡単ではなくて、その相手から逃げらない場合もあります。法や社会の助けが届かないところで一人で悩んでいる、または戦っている方が多いのではないでしょうか。

 

「逃げられない」または「逃げようと思えばできるけど、それにはリスクが伴う」または「けっこうな決断しなくてはいけない」など、個人にしかわからない苦しみが多いのではないかと思います。

 

 誰にも理解してもらえない苦しみ。酷く苦しんでいらっしゃるのでしょう。しかし結論として、そこには一つの意味があると思うんですね。あなたが思っているより、深い深い意味があります。

 

 きっとあなたは悩んで苦しんだ末、自分なりの片付け方をしているでしょう。「あの人はこういう人だから仕方ないよ」「あの人嫌いだから無視してるの」「あの人は私と生まれた環境が違うからできるの」 そこまで行く手前でも、「あの人といると頭痛がする」「顔も見たくもない」等々。しかしこれらは根本的な解決には至らない言葉ばかりです。
 

 ここで一つ。あなたは肝に銘じることがあります。それは、あなたは人生において「あなたに必要な人と出会っている」ということです。

 

 場合によっては、 自分を一時的に不幸にする人に会うこともあるでしょう。また、恨んで憎んでしまう人に会うこともあるでしょう。さらに精神疾患に陥ることもあるかもしれません。

 

 確かに相手によって不幸に陥っている、という感覚は否定できづらいケースもあります。個人ではどうにもならず、運命に巻き込まれるように不幸に陥ることもあるでしょう。自分の知らないところで物事が進んで、自分のせいではないのに落とし入れられることもあります。今世だけの問題ではなく、業やカルマという考え方もあります。

 

 種々様々な状況はあります。しかし逆にその相手が「あなたに必要な人」だとしたらどうしますか?苦手な、嫌いな、はたまたいない方がいいと思っている相手は、実はあなたの人生に必要な人なんです、と言われたらどうしますか?

 これはスケールを大きく構える視点も必要になってきます。今現在、その苦しみの意味がわからないのであって、数十年後にその経験がわかることもあります。正しいこと、とは時間の経過の中で逆になることもあるからです。その時は悪に見えても、その経験が将来的に役にたてば、正しいことにもなります。あなたが嫌った相手はあなたに大きな恵みをもたらしてくれるかもしれないのです。

 

 出会った嫌いな相手を理解してください。少なくともその努力をしてみてください。なぜ、その人と一緒になったのか。相手の考えや出会った意味。大なり小なり何かしらの気づきがあります。それは自分が気付いていない潜在的な問題を含んでいたりもするので、後からわかる場合もあります。

 例えば相手がきつい言葉を吐く時は、相手も苦しいのです。劣等感や弱さの表れかもしれません。あなたに恐怖を感じているのかもしれません。

 

 多くのケースにおいては、相手もまた人生修行の途中なので、こちら側に対して何らかの消化できない感情をもっていたりするものです。つまり、あなたと相手の方は、コラボで修行していることが多いんですね(笑)

 

 これに気づいたら、あるいは気づきたいなら、あなたが先に手を差し伸べましょう。手を差し伸べるとは、自分を開くということです。相手を理解しようと努める心を持つことです。

 

 理解されると人は態度を変えると言われます。状況が変わらないのに、理解されただけで相手の人は変わったりするのです。

 それはきっとあなたの心が相手を否定しなくなったために、それを感じて相手も安心するからなのでしょうね。

 

 嫌いな人を受け入れ、理解しようとすることは普通の人にはできません。しかしこの気持ちを持とうとした時からあなたは人生の達人となるのです。それは人生の学びの幅が変わるからです。

 

 理解することの難しさを感じつつも、頑張ってみてください。まず相手の背景を知り、注意深く観察して心の傾向性を知ることです。

 

 人は自分が存在する意味を持ちたがります。それは相手も同じです。否定せず、粘り強く。その時すでにあなたの人格は幅を広げ、相手を愛していることと同意のことをしていることになるのです。

 簡単にはいかないかもしれません。本当に忍耐の心を持って努力するしかないですね(笑)

 

ナチュラルケア水道橋外来センター
文:竹島