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竹島 Blog 19/「愛」の対極にあるのは「嫉妬心」

 「愛情」の反対にあるものは何?と聞かれれば、それは「憎しみ」かな、とずっと思ってきましたが、実は「嫉妬」であるということを知った時、なにか本当にあっさり納得しました() 個人的には、人に対して「憎しみ」を持ったことがあるか?と聞かれれば殆どない。一時的に恨んだことがあってもすぐ忘れてしまったなぁ。という感覚です。人を恨むにもエネルギーがいりますし、忙しい毎日の中では次々と情報が入ってくるので、いつの間にか流れていった、という感覚です。

 

 しかし「人に対して嫉妬したことがないか?」と聞かれるとそれはないとは言えない、と思ってしまいます。皆さんはいかがでしょう?多くの方の日常にこの嫉妬という言葉は引っかかってくるのではないでしょうか。ちょっと嫌な思いをした、ある人を避けてしまった、などよくよく考えてみれば相手の人に嫉妬心があったなぁ、と思い当たることが多いのではないでしょうか。そしてそれを自分で認めたくなくて、無視しようとしているのではないでしょうか(笑)

 

 嫉妬とは、いろいろな相手に対して感じるものだと思います。自分のライバル、というのは非常に分かりやすいですが、もっと感じてはいけない相手である、友人、家族、配偶者、子供、兄弟、恋人、同僚、先輩、後輩等の身近な人に対してその心を持ってしまうことは実は多いのではないでしょうか。醜い心と分かりつつ、処理できないでいる。そしてついに言ってはいけない「悪口」「批判」が出てしまう。それで一時スッキリした感覚になっている。

 

 これについて確かに人の悪口を言ってはいけないのかもしれません。しかし単に相手の悪口を言ってはいけない、では気持ちに整理がつかないことが多いと思うんですね。言っている方は自分なりに正当性を持って相手を批判していると考えているわけです。しかしなぜ悪口を言いたくなるのか、これを知れば逆に言えなくなるんです()

 

 つまりは「嫉妬する相手が自分の理想像である」ということなんですね。人は自分の興味や関心がない領域について嫉妬することはないのだそうです。そしてその理想像に向かって悪口をいう、ということはそれを否定してることになるんですね。ですから、自分で自分の明るい理想を否定していることになるので悪口はいえない、ということになります。

 また逆に、自分が嫌な気持ちをもつ相手を見つけたら、なぜ嫌な感情を持つのかを分析していくと自分の興味が何にあるのか、分かることがあります。実はこれは私がよく使います。
  

 始めのうちは自分でも気がつきません。そのうちなぜ、自分はあの人に嫉妬にも似た嫌な気持ちを抱くのか、と感じてきたならば、よくよく相手を観察して、どの場面で感じているのかを自分で知って分析する、ということはよくやっております。これはきっと誰もやりたがらない。きっと劣等感に直結してしまうからですね。しかし、自分を知る上で大切なことです。

 

 そして実は頭では感じてなかったけど、実は心ではそうなりたかったんだ、と分かったなら、受け入れる努力をするといいですね。一段人間が大きくなった感じがします。さらにもう一つ、その理想の相手を褒めて、「肯定する」ことをしなくてはいけません。

 人は自分を肯定してくれる人と友達になりたいと思うんですね。自分を敵視する人とはなかなか一緒にいたくはありませんが、自分を肯定して祝福してくれる人とは一緒にいて何でも教えてあげようとする傾向があります。ですから、一生懸命仲良くなって、いろいろ聞けばその理想へ向かっての成功法もきっと教えてくれるでしょう。

 

 これはきっと皆さまにとって意外な話だと思いますが、言われてみれば否定はできない話だと思います。

 

 嫉妬心とは、自分で自分を窮地に落とし入れる感情です。この反対の心を持つために、相手を肯定して認める努力をすること。ここが一番苦しくて無意識に避けて悪口を言ってしまう事が多いが、それではいつまでたっても成功できない、ということです。その反対の心を持って、相手を肯定し祝福してあげること。これこそが自分の成功法である、ということですね。

 

なんというか、努力するしかないですね()

 

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文:竹島