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竹島 Blog 15/形見分け

先月の下旬に熊本の主人の母が亡くなりました。享年71才。
初七日を終えて、この後は四十九日を控えているところです。

 

義母は60才を過ぎてからは、それまでは健康であったのに急に病気がちになり、たまに入院などをしていました。しかし70代に入ったということで少し早い気もしますが、主人は往生したと思っているようです。

 

この義母はとてもお料理が上手く、人の面倒を見るのが好きで、友人も多い方でした。私は結婚したのが2011年でしたから、6年間の義母しか知りませんが、しかし今思えば一度も怒られたことはなかったのです。

私は長く兵隊社会で生活していた人間ですから、規律というか序列というか、特に女性同士の上下の関係には敏感なほうです。元々人間関係が得意ではなかったために、特に目上の女性に対しては無意識に気を使っている気がしています。

 

しかし、この竹島一族は、義理の姉もいますが、今回お会いした親戚の方を含めて、誰一人「合わない人はいない」という非常にありがたい家族・親戚なのです。兵隊社会時代はいったい何だったんだろう、というくらい気を使っても使っても、厳しい社会だったのですが(笑)

 

そして今回、義父が初七日の親戚を集めた席で「形見分け」をしたいとのことで、生前に義母が買い集めていた食器類を皆に配ることになりました。義母は高価なもの、というわけではありませんが、好きな食器類をたくさん買い込んでいて、かなりの数が木箱等に入って収納されていました。

 

私も数年前から「さわちゃん、好きなの持って行って。持って行って。」と言われて深川製磁の食器や圧力鍋などをいただいていました。食器は竹島家の納戸の奥までびっしり詰っていたものですから、探して持っていけ、と言われても全部は見れていませんでした。それらが今回義父の判断で「親戚の皆に好きなのを持っていってほしい。自分はもうそんなに使わないから。」ということで形見分けの形で配られることになったのです。


私にも何日か前から「長女(義姉)やあなたは優先して持って行って欲しい。」と何度も言われていましたが「以前に食器はいただきましたから、大丈夫ですよ。」と返答していたんですね。1個、義母との思い出の品があれば十分な気がしていたので、そんなに深くはその意味を受け取ってはいませんでした。

「持っていかなければ、処分するだけだから。」と重ねて言う義父に、何度かこのやり取りをしていましたが、前日深夜に「形見だから、持っていって欲しいんだ。」とポツッと言われてハッとしました。「そうか、私が分かっていなかった。持って行って欲しいんだ。」と。

 

生前に渡すのと、亡くなってから渡すのとでは、義父にとって違ったのかもしれません。思い出の品、ではなく「形見分け」でいただくもの、という意味が分かった気がしました。

蓋つきの茶碗セット、香蘭社の小皿セット、茶筒、茶托、和菓子用飛騨塗りの器、丸盆など、とてもセンスの良いものをいただき、そういればどれも以前から欲しくて買えていなかったものばかりだと気づきました。義母はよくわかっているなぁ、と感じてしまいましたね。

そして私が熱心に探して、これとこれが欲しい、とはっきり言った方が義父も満足そうでした。言葉は相手の心と共に受け取らなければいけないな、と再度実感してしまいました。

 

義父ももう75才。80才になると体力が落ちて自分のことが出来なくなるだろうから、80才までに熊本の実家を手放して、施設に入る、と言っていますが、義母に孝行できなかった分、義父にはより孝行しなくては、と思いました。そう考えると後、数年しかお世話をできる時間がありません。孝行するにも「時間制限有り」ということも実感しました。自分の実家の父母は健在ですが、嫁いだ先の父母は実の親同様に近しい関係です。血族ではない姻族の関係ではありますが、しかしどこの家系も他の血を受け入れるからこそ、子孫繁栄がある、家族とはいつかは血族ではない他人を受け入れるからこそ、発展していくのです。そう考えれば姻族の関係も重要。そこに何らかの魂の繋がりがあっておかしくはないですよね。

 

義母も義父も善人以外の何物でもなく、私にはもったいないくらいの人たちです。
亡くなった義母には、今までもこれらかも感謝し続けると思います。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター
文:竹島