· 

竹島 Blog 14/「幸せ」の境界線とは?

 長らくこれについて無意識に考えてきたように思います。様々な人が様々な価値観で生きていて、幸せの定義は人それぞれ、ということはよく分かっています。しかし、もっとオーソドックスなことを考えてみました。シンプルに誰にでも通じる幸せの要件とは?

 

どの人にも、苦しい時、悲しい時があり、いつでも幸せ一杯とはいかないのでしょうけど、これだけを満たしてれば「幸せ」な人間の境界には入っている、という線はあると思います。大げさだけど、現在天国的に生きているのか、地獄の中で生きているか、これを簡単に判断することができる条件。

 

日本人には宗教がないために、日々自分の心や行いが正しかったのかについての反省基準がないように思います。迷った時は周りの人間に相談するのが通常で、自分なりの究極の判断基準は持ちあわせていないように思うんですね。

 

例えば、人を傷つけてはいけない、迷惑をかけてはいけない、不平不満ばかりを言ってはいけない、など単純な道徳はわかります。しかしそれ以外の、自分の人生に起こるグレーな問題については、どう考えていいのか分からず、究極は自分の良心や周りの公正な意見などを聞いて、本能的にこうなんじゃないか、理性的にこう片付けよう、という感じで解決しているのではないかと思います。

 

一般的に女性は自分を幸せにしてくれる人と結婚したい。というし、もちろんそれは間違ってはいません。男性も大企業に就職したいし、稼ぎたいし、重役になりたい。しかし、20代を過ぎて30代前半になると自分の先行きが見えてくるものです。

 

幸せになるために理想の結婚をしたのに、相手を間違った気がする。大企業に就職したのに、どうやら同期のライバルの方が出世しそうな感じだ、等々。

 

また逆説ですが、世間の人は99%の人が負け組という考え方もあるようです。誰にも負けずに一番になれる人はほとんどいません。勝ち組と思える人間でもさらにその中の厳しい戦いはあり挫折もしますし、一見幸せそうに見える人でも相当な苦労をしたりしているものです。

 

人は40代に入り、人生折り返し地点を過ぎると価値観が変わる、と言われます。財産、立場、容姿など外見的に優れたものを求める心から、自分の心が幸せか、果たして豊かなのか、周りを幸せにしてあげられているか、という自分の内面に向けたものに幸せの価値感をシフトさせていくらしいんですね。人間は生まれた時と死ぬ時には物を何も持ってはいけませんから、人生の後半部分は、人間の永遠の財産である「心」に焦点をあてていくようになっているのだ、と思います。

 

年齢が進んで、人生の現実の厳しさを知り、無責任に大きな夢を見れなくなり、時には病気もしたりして、他人に迷惑をかけたりかけられたりしながら、果たして自分は幸せなのか、幸せではなく真逆にいるのではないのか、では人生このままなのか、自分はもう一度幸せになれないのか等々いろいろ悩みは消えませんね。

 

もちろん、短期的に地獄と感じる中に身を置いている人はいると思います。人生修行の中で最も心を磨かねばならない時はあり、その時は厳しい状況の中にいて、果たして心は天国にいるのか、地獄の中で戦っているのか、分からない時もあるでしょう。

 

そこで今現在の自分の心が果たして天国の境界線内にいるのかいないのかを簡単に判断する方法があります。

それは、「周りの人に感謝できている。」または「周りの人が良い人に見えている。」という気持ちがあるかどうか、です。

 

この気持ちがない人はグレーですね。単に習慣がないだけかもしれませんが、周りが悪人に見えてばかりの人は、あまり良くはないでしょう。

 

人生で会う人、起こることにはすべて意味があります。必ず。一見悪人に見える人でも、自分にいろいろ教えてくれていることが多いんですね。また、悪いことは自分の業が起こしているという考え方もあります。つまり、起こることにすべて意味があるなら、受け入れるしかありません。

 

人生において現実を知った中で「幸せな人」であり続けるには、肯定的にすべては学びだと単純に捉えること、その中で必要な人に会っているのだから周りに感謝する気持ちを持つことです。自分に害を与えるように見える人でも後から意味が分かることもあります。自分を嫌う人は自分のダメなポイントを全部上げてくれたりもしているものです。したがって、そこから学ぶことも多いので、高度ですが(?!)感謝まで行かずとも受け入れることですね。私など一生懸命尽くしても自分を嫌う人がいるんだ、ということを受け入れることができた時に一種の成長がありましたから(笑)

 

そしてさらにいつでも幸せな人でいるためは、今いる立場で、できる限り「幸せの生産」をすることです。これができる人は確実に幸せにな人です。あなたがいる限りあなたの周りには花が咲き続ける、という意味です。あなたを中心に周りが幸せになっていく、ということです。

 どうやったら仕事にしても家庭にしても幸せにすることができるのか、を考えることですね。

 

幸せになる、から幸せを作る、という考え方、これは人生を勝ち抜く上での絶対的な武器となります。

具体的には笑顔、工夫、努力、忍耐の繰り返しです(笑) しかしこれに気付いた人は幸せを待っているだけの人より何十倍も楽しいし、疲れない。自分が中心になって幸せを生産できるからです。この境地には誰でもなれます。それぞれの人の心には自由があり、自分の心を変えるだけなので、今すぐにでもなれます。
・・とは申しましても30代までの私にはなかなか厳しいものがありました(笑)

しかし、現状が厳しい方は心がけてみてください。何らか自分なりに工夫できる余地は必ずあります。

 

それでは、多くの皆様が幸せの生産者になれることを心からお祈りしたいと思います。

人生どこかで聞いたことがある内容だとは思いますが、しかしそれは分かっている、とイコールではありません。繰り返し日々の中で自分の心に問うことで徐々に沁みてきますから、長く長く心に留めて反芻してみてください。

 

ナチュラルケア水道橋外来センター
文:竹島